決断の瞬間 古代ギリシャ編 第2話
神聖隊、隊列を崩さず散った。時代背景・神聖隊の結成から、現場での出来事までをたどる。
時代背景
神聖隊の結成
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『神聖隊、隊列を崩さず散った』の先で何が起きたのか
「決断の瞬間」シリーズは初月無料。続きを読んで、現場の出来事とその後、同時代人・後世の評価までを確かめる。
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パイデラスティア
古代ギリシアにおける、成人男性と若年男性との恋愛関係。市民としての義務、教育的制度として位置づけられていた。
ゴルギダス
紀元前378年に神聖隊を結成したテーバイの将軍。
イオラオス
ギリシア神話に登場する英雄。ヘラクレスの甥であり、恋人でもあったとされる。その廟は、テーバイで男性同士の恋人が愛を誓い合う場所として使われていたとされる。
プルタルコス
1〜2世紀のギリシア人著述家。『対比列伝』(英雄伝)の著者。
レウクトラの戦い
紀元前371年、テーバイ軍がスパルタ軍を破った戦い。スパルタの軍事的優位を終わらせ、テーバイの覇権確立につながった。
エパメイノンダス
テーバイの将軍・政治家。斜線陣を考案し、レウクトラの戦いでスパルタを破った。
斜線陣
一方の翼に戦力を集中させ、敵の一点を突破する陣形・戦術。
ペロピダス
テーバイの将軍・政治家。神聖隊を率いてレウクトラの戦いで活躍した。
カイロネイアのライオン
カイロネイアの戦いの戦没者を弔うために建てられたとされる石像。高さ約6メートル。
出典
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ウィキペディア日本語版「神聖隊」
ja.wikipedia.org紀元前378年のゴルギダスによる結成経緯、150組300名の恋人同士による編成、名称の由来についてのプルタルコスの見解、テーバイが男性同性愛の盛んな都市であったこと、レウクトラの戦いでの活躍、カイロネイアの戦いでの壊滅とフィリッポス2世の反応を記載。
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ウィキペディア日本語版「カイロネイアの戦い」
ja.wikipedia.org紀元前338年の戦闘経過、マケドニア軍の戦術、神聖隊の被害規模(254人の遺骨発掘)を記載。
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ウィキペディア日本語版「カイロネイア」
ja.wikipedia.org1818年のカイロネイアのライオン像断片発見、1879〜80年の発掘調査の経緯を記載。
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ウィキペディア日本語版「レウクトラの戦い」
ja.wikipedia.org紀元前371年のレウクトラの戦いにおけるエパメイノンダスの斜線陣、ペロピダス率いる神聖隊の活躍、スパルタの軍事的名声への打撃を記載。
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ウィキペディア日本語版「テーバイ」
ja.wikipedia.orgテーバイがボイオティア地方の中心都市であり、その盟主的地位を確立していたこと、アテナイ・スパルタと並ぶ有力ポリスであったことを記載。
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ウィキペディア日本語版「少年愛」
ja.wikipedia.org古代ギリシアにおけるパイデラスティアが、市民の義務として暗黙に認められ、徳を授ける教育的制度として機能していたことを記載。
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ウィキペディア英語版「Sacred Band of Thebes」
en.wikipedia.orgプルタルコスによる神聖隊の名称由来(イオラオス廟での恋人同士の誓い)についての記述、フィリッポス2世が神聖隊の遺骸を見て残したとされる言葉についてのプルタルコスの記述を記載。
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y-history.net「カイロネイアの戦い」
y-history.net戦闘の日付・両軍の布陣・戦術、神聖隊300人中生存者46人という被害規模を記載。
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y-history.net「テーベ」
y-history.netテーバイがペロポネソス戦争後に台頭した有力ポリスであり、ボイオティア地方の中心に位置していたことを記載。
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コトバンク「カイロネイアの戦い」(日本大百科全書・ブリタニカ国際大百科事典・山川世界史小辞典等)
kotobank.jp両軍の兵力規模、アレクサンドロスの騎兵による神聖隊撃破、この戦いがマケドニアによるギリシア支配確立につながったことを記載。
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ニューズウィーク日本版「最強『スパルタ軍』を打ち破った『同性愛者たちの部隊』」
newsweekjapan.jp1880年の発掘調査で発見された254体の遺骨のうち腕を組んだ姿のまま見つかった遺体があったこと、プルタルコスが「この部隊は愛する者と愛される者で構成されていたと言う人もいる」と記していること、19世紀の墓の発見以降、神聖隊が強さと規律正しさ、勇猛さの象徴として知られるようになったことを記載。