アルキビアデス、祖国ではなく敵国を選んだ

決断の瞬間 古代ギリシャ編 第3話 中高生向け

アルキビアデス、祖国ではなく敵国を選んだ。当時の時代・生まれと育ち・政治家としての活躍から、現場での出来事までをたどる。

テーマ: 古代ギリシャ想定読了時間: 約7分

当時の時代

透真
スパルタ編、テーバイ編ときて、今回からアテネ(古代ギリシャの都市国家)編を始めるよ。主役はアルキビアデスという人物だ。クロノス、まず当時のアテネがどんな国だったか教えてくれ。
クロノス
紀元前5世紀のアテネは、大人の男性市民が集会に集まって国のことを話し合って決める、民主政(みんしゅせい)の国でした。紀元前431年、アテネを中心とするグループと、スパルタを中心とするグループの間で、ペロポネソス戦争という長い戦争が始まっています。
日和
スパルタ編で出てきた、あの戦争だね。
透真
クロノス、その戦争が長引く中、アテネの国内はどんな様子だった?
クロノス
戦争が長引くにつれて、アテネの市民の間では、そろそろ和平を結びたい穏健派(おんけんは)と、もっと戦って勢力を広げたい主戦派(しゅせんは)の対立が続いていました。
日和
戦争を続けるかどうかで、国の中も意見が割れてたんだね。
透真
その対立の中で目立っていくのが、今回の主役だ。まずは生まれ育ちから見ていこう。

生まれと育ち

透真
クロノス、アルキビアデスはいつ、どんな家に生まれた?
クロノス
記録によれば、アルキビアデスは紀元前450年ごろ、アテネでクレイニアスとデイノマケの子どもとして生まれました。
透真
クロノス、お父さんのクレイニアスについての記録は?
クロノス
クレイニアスは紀元前447年、コロネイアの戦いで戦死しています。
日和
え、お父さん、アルキビアデスが小さいころに戦争で亡くなってるんだ。
透真
クロノス、お父さんが亡くなったあと、アルキビアデスの後見人(こうけんにん、親の代わりに育てる人)になったのは誰?
クロノス
政治家ペリクレスと、その兄アリフロンが後見人になったと伝えられています。母デイノマケはアテネの名門アルクマイオン家の出身で、ペリクレスとアリフロンはデイノマケのいとこにあたります。
日和
知らない人に預けられたんじゃなくて、お母さん側の親戚だったんだ。しかもアテネの全盛期を作った、あのペリクレスに。
透真
クロノス、哲学者ソクラテスとの関係についての記録は?
クロノス
ポティダイアの戦いでは、けがをしたアルキビアデスをソクラテスが助け出し、その後のデリオンの戦いでは、逃げるソクラテスをアルキビアデスが馬で助け出したと伝えられています。
日和
お互いに命を助け合う仲だったんだ。名門の後見人と、当時いちばんの哲学者。すごく恵まれた環境で育ったんだね。

政治家としての活躍

透真
クロノス、政治の世界に出てからのアルキビアデスの動きは?
クロノス
紀元前421年、ニキアスの和約という条約でスパルタとの戦争がいったん落ち着いたあと、アテネの国内では、また戦おうという声が高まりました。
日和
戦争が終わったばかりなのに、また戦おうって話になったんだ。
透真
クロノス、アルキビアデスはその中でどう動いた?
クロノス
アルキビアデスは、シチリア島全体を支配下に置くべきだとして、シケリア遠征を提案しました。政治家ニキアスは反対しましたが、アルキビアデスがこの計画を進め、紀元前415年、遠征軍の指揮官の一人に選ばれています。
透真
これから大がかりな遠征に出発する、という場面だ。ここで一つ、事件が起きる。

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用語解説

コロネイアの戦い

紀元前447年、アテネとボイオティア地方の都市の間で行われた戦い。アルキビアデスの父クレイニアスはこの戦いで戦死した。

アルクマイオン家

アテネの名門一族。政治家ペリクレスもこの家系につながる。

ニキアスの和約

紀元前421年、アテネとスパルタの間で結ばれた講和条約。ペロポネソス戦争をいったん止めたが、長続きしなかった。

涜神罪(とくしんざい)

神聖なものを傷つけた・けがしたとされる罪。アテネでは重い罪として扱われた。

デケレイア

アテネの近くにある要地。スパルタ軍がここに要塞を築き、アテネへの圧力の拠点とした。

太守(たいしゅ)

ペルシア帝国で、地方の統治を任された長官。サトラップとも呼ばれる。

キュジコスの戦い

紀元前410年、アテネの艦隊がスパルタの艦隊に勝った海の戦い。

ノティオンの海戦

紀元前406年、アテネの艦隊がスパルタの艦隊に敗れた海の戦い。アルキビアデスがいないときに部下が勝手に動いて起きた敗北とされる。

出典

  1. ウィキペディア日本語版「アルキビアデス」

    ja.wikipedia.org

    生まれた年、クレイニアスとデイノマケの子として生まれたこと、シケリア遠征の提案、ヘルメス神像破壊事件での告発、召還命令とスパルタへの亡命、人物評(傲慢・横暴)を記載。

  2. ウィキペディア日本語版「シケリア遠征」

    ja.wikipedia.org

    紀元前415〜前413年のシケリア遠征の経緯、アルキビアデスの提案から召還に至る背景を記載。

  3. コトバンク「アルキビアデス」(複数辞典)

    kotobank.jp

    生没年(紀元前450年ごろ〜前404年)、ペリクレスの後見のもとで育ったこと、召還命令への不服従とスパルタ亡命、そのあとのペルシア亡命・アテネ帰還・暗殺に至る経緯、人物評(百科事典マイペディア「行動は奔放、無節操」、ブリタニカ国際大百科事典「無節操きわまりなく」)を記載。

  4. 英語版ウィキペディア「Alcibiades」

    en.wikipedia.org

    父クレイニアスが紀元前447年のコロネイアの戦いで戦死したこと、ペリクレスとその兄アリフロンが後見人になった経緯、母デイノマケがアルクマイオン家出身でペリクレス・アリフロンのいとこにあたること、ヘルメス神像破壊事件後にアテネで本人不在のまま死刑を宣告され財産を没収されたこと、トゥキュディデス『戦史』第6巻15節における人物評を記載。

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