決断の瞬間 諸葛孔明編 第4話 中高生向け
諸葛亮、最も弱い国から攻めに出た決断。当時の時代から、現場での出来事までをたどる。
当時の時代
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『諸葛亮、最も弱い国から攻めに出た決断』の先で何が起きたのか
「決断の瞬間」シリーズは初月無料。続きを読んで、現場の出来事とその後、同じ時代の人が残した言葉までを確かめる。
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出師表(すいしひょう)
諸葛亮が北伐に出発するにあたって、皇帝劉禅に提出した文書。
北伐(ほくばつ)
蜀漢が魏を討つために行った、複数回にわたる軍事遠征。
五丈原(ごじょうげん)
現在の陝西省宝鶏市の近く。234年、諸葛亮が亡くなった場所。
司馬懿(しばい)
魏の武将・政治家。字(あざな)は仲達(ちゅうたつ)。諸葛亮の北伐に対応し、後に晋(しん)という国を建てる一族のもとになった人物。
管仲・蕭何(かんちゅう・しょうか)
管仲は春秋時代の斉(せい)の名宰相、蕭何は前漢(ぜんかん)を建国したときの名宰相。どちらも優れた政治手腕で知られる人物。
出典
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ウィキペディア日本語版「五丈原の戦い」
ja.wikipedia.org234年の第五次北伐、五丈原での司馬懿との百日以上の対陣、諸葛亮の病死、撤退時の司馬懿の追撃中止と「死せる諸葛、生ける仲達を走らす」という俚言の成立、『晋書』宣帝紀に基づく司馬懿の「天下奇才也」「吾能料生、不能料死也」の発言を記載。
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ウィキペディア日本語版「諸葛亮」
ja.wikipedia.org227年の出師表提出と北伐開始、蜀の国力に関する位置づけ、陳寿による「識治之良才、管蕭之亜匹」「連年動衆、未能成功、蓋応変将略、非其所長歟」という評価、司馬懿による生前・没後の評価を記載。
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ウィキペディア日本語版「泣いて馬謖を斬る」
ja.wikipedia.org228年の街亭の戦いでの馬謖の敗北経緯、正史における馬謖の獄死と諸葛亮が涙を流した記録、『三国志演義』における処刑場面との違いを記載。