決断の瞬間 吉田松陰編 第4話 中高生向け
吉田松陰、聞かれていないことを自分から語った。当時の時代・生まれと子ども時代のふりかえりから、現場での出来事までをたどる。
当時の時代
生まれと子ども時代のふりかえり
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『吉田松陰、聞かれていないことを自分から語った』の先で何が起きたのか
「決断の瞬間」シリーズは初月無料。続きを読んで、現場の出来事とその後、同じ時代の人が残したものまでを確かめる。
無料体験をはじめる用語解説
日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)
1858年、江戸幕府とアメリカが結んだ通商条約。天皇の許可を得ないまま結ばれたため、国内で強い反発を招いた。
攘夷(じょうい)
外国の勢力を武力で追い払おうとする考え方・運動。
安政の大獄(あんせいのたいごく)
1858〜59年、大老・井伊直弼(いいなおすけ)が、条約の締結や将軍の後継ぎ問題に反対した公家・大名・志士たちを厳しく取り締まった事件。
評定所(ひょうじょうしょ)
江戸幕府の最高裁判機関。重大な事件の審理などを行った。
国事犯(こくじはん)
国の政治のしくみに反する行為をしたとされる犯罪者。政治犯。
禁門の変(きんもんのへん)
1864年、長州藩が京都の御所のまわりで幕府や会津藩などと戦った事件。長州藩はこの戦いに敗れた。
出典
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ウィキペディア日本語版「吉田松陰」
ja.wikipedia.org間部詮勝要撃策の提案と藩への武器借用願い、梅田雲浜連座による江戸送致、評定所での自発的な告白、死刑宣告、処刑日、および『吉田松陰全集』にもとづく死刑言い渡し場面での小幡高政の記録(辞世の吟誦と居合わせた役人の反応)を記載。
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萩市ホームページ「文とゆかりの地 5 吉田松陰の墓ならびに墓所」
city.hagi.lg.jp「安政六年己未十月二十七日於江戸歿、享年三十歳」と刻まれた墓碑の記述を紹介する公式解説。
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青空文庫「留魂録」
aozora.gr.jp辞世の句「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」、四季になぞらえた死生観を記す原文。
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国立国会図書館「近代日本人の肖像」吉田松陰
ndl.go.jp松陰の生涯全体の経歴を確認できる公的機関による人物解説。
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松陰神社(東京・世田谷)公式サイト「神社由緒」
shoinjinja.org小塚原への埋葬、1863年の高杉晋作・伊藤博文らによる若林村への改葬、1864年の墓の破壊、1868年の墓碑再建、1882年の神社創建に至る経緯を記載。