吉田松陰、牢の中で講義を始めた

決断の瞬間 吉田松陰編 第3話 中高生向け

吉田松陰、牢の中で講義を始めた。当時の時代・生まれと子ども時代のふりかえりから、現場での出来事までをたどる。

テーマ: 吉田松陰想定読了時間: 約5分

当時の時代

透真
黒船密航、脱藩ときて、今回は牢屋の中の話だよ。クロノス、投獄までの経緯を教えて。
クロノス
1854年、黒船への密航に失敗した松陰は自分から名乗り出て、江戸の伝馬町の牢を経て萩に送り返されました。同じ年の12月、萩の野山獄(のやまごく)に入れられています。
日和
密航に失敗して、今度は本当に牢屋に入れられちゃったんだ。
透真
クロノス、野山獄には他にどんな人がいた?
クロノス
野山獄には、松陰のほかにも複数の囚人がいました。富永有隣(とみながゆうりん)、高須久子(たかすひさこ)を含む11人が同じ牢にいたとされています。

生まれと子ども時代のふりかえり

透真
クロノス、ここまでの松陰の歩みをかんたんに確認しておこう。
クロノス
松陰は1830年、長州・萩の身分の低い武士の家に生まれ、4歳で兵学の先生の家・吉田家の養子になり、叔父・玉木文之進の厳しい指導を受けました。9歳で兵学の先生の見習いになり、江戸で佐久間象山に弟子入りしています。1851年には東北への旅のために脱藩し、武士の身分を失いました。1854年には黒船への密航を試み、失敗しています。
日和
ここまで、ずっと「知りたい」「約束を守りたい」で突き進んできたんだね。それが今度は牢屋の中でどうなるんだろう。

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用語解説

野山獄(のやまごく)

萩にあった牢獄の一つ。武士の身分の者が収容された。身分が低い者が入る岩倉獄とは区別されていた。

講孟余話(こうもうよわ)

松陰が野山獄・杉家の幽室で、囚人たちと『孟子』を読み合ったときの感想や意見をまとめた著作。

明倫館(めいりんかん)

長州藩が藩士の子どもたちの教育のために設けた藩校。

塾頭(じゅくとう)

塾において、先生を補佐して塾生を指導する役職。

出典

  1. ウィキペディア日本語版「吉田松陰」

    ja.wikipedia.org

    松陰の生い立ちの概要、投獄までの経緯、弟子・品川弥二郎「温順にして怒るといふことのなき体格の小兵の人であった」、渡辺蒿蔵「丈高からず、痩形であり、顔色は白っぽい。天然痘の痕があった」、野村靖「小男の痩せた赤あばたのある……炯々たる眼光は直に人の肺腑を貫く」という人物評、および講説の様子に関する記述を記載。

  2. ウィキペディア日本語版「松下村塾」

    ja.wikipedia.org

    松下村塾の創設経緯(玉木文之進・久保五郎左衛門)、1857年11月5日の松陰による引き継ぎ、身分を問わない塾生受け入れ、高杉晋作・久坂玄瑞ら主要門人を記載。

  3. 国立国会図書館「近代日本人の肖像」吉田松陰

    ndl.go.jp

    密航企図後の投獄、野山獄への移送、出獄後の幽閉と松下村塾開塾、門人の顔ぶれを記載する公式人物解説。

  4. 萩市ホームページ「文とゆかりの地 野山獄・岩倉獄跡」

    city.hagi.lg.jp

    野山獄での松陰の講義活動(同囚への論語・孟子の講義)、松陰自身の俳諧・書の学習、獄吏が聴き入った逸話を紹介する公式解説。

  5. 国立国会図書館「中高生のための 幕末・明治の日本の歴史事典」吉田松陰紹介ページ

    kodomo.go.jp

    投獄後の読書量(1年で約600冊)や著作活動を紹介する人物解説。

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