決断の瞬間 吉田松陰編 第2話 中高生向け
吉田松陰、21歳で藩を抜け出して東北へ向かった。当時の時代・生まれと子ども時代のふりかえりから、現場での出来事までをたどる。
当時の時代
生まれと子ども時代のふりかえり
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『吉田松陰、21歳で藩を抜け出して東北へ向かった』の先で何が起きたのか
「決断の瞬間」シリーズは初月無料。続きを読んで、現場の出来事とその後、同じ時代の人が残したものまでを確かめる。
無料体験をはじめる用語解説
関所手形(せきしょてがた)
藩の境や関所を通るために必要だった、藩主の許可を示す通行証。
脱藩(だっぱん)
武士が、主君である藩主の許可を得ないまま藩を離れること。重い罰の対象だった。
士籍(しせき)
武士としての身分・戸籍。これを失うと、武士としての特権や給料を失う。
世禄(せろく)
代々の家に対して藩から支給される給料にあたるもの。
尊王攘夷(そんのうじょうい)
天皇を大切にし(尊王)、外国の勢力を追い払おうとする(攘夷)という、幕末に広まった考え方。
池田屋事件(いけだやじけん)
1864年、京都の旅館・池田屋に集まっていた尊王攘夷派の志士たちが、新選組の襲撃を受けた事件。
出典
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ウィキペディア日本語版「吉田松陰」
ja.wikipedia.org松陰の生い立ち、江戸遊学と佐久間象山への弟子入り、宮部鼎蔵らとの東北遊学計画、水戸・会津・秋田・米沢での見聞、脱藩に至る経緯を記載。
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ウィキペディア日本語版「宮部鼎蔵」
ja.wikipedia.org宮部鼎蔵の経歴(熊本藩兵学の先生)、松陰への思想的影響、1864年の池田屋事件での最期を記載。
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萩市ホームページ「吉田松陰・文 略年譜」
city.hagi.lg.jp1851年12月14日の東北遊歴出発(関所手形なし)、1852年12月9日の士籍削除(「父の育みとなる」)を記載する公式年譜。
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松陰神社公式サイト「松下村塾(世界遺産)」
showin-jinja.or.jp脱藩後の自首・士籍剥奪と、藩主による10年間の遊学許可の経緯を紹介する公式解説。